第五節 錯誤
1,錯誤とは
錯誤とは「勘違い」や「間違い」のことです。
錯誤は「表示の錯誤」と「動機の錯誤」の2つに分けられます。
1)表示の錯誤
意思表示に対応する意思が欠けている場合(意思と表示が不一致)のことをいいます。
例えば京都と東京に土地を所有しているA太が、本来はB男に京都の土地を売ろうとしていたのに、間違って東京の土地を売る契約を結んでしまったような場合です。
その他例)
Aがお店を始めるために居抜物件(設備や什器がついたままの物件)を探していました。ようやく物件も見つかり、売買契約書にサインをしたところ、間違って、居抜物件でない売買契約書にサインをしてしまったような場合です。内心的な意思と表示が不一致ということになります。
2)動機の錯誤
意思と表示は一致していますが、そもそもの動機で勘違いしている場合です(95 条1項2号)。ただし相手方に動機を、明示するか黙示の意思表示がないと錯誤とはなりません。
明示とは相手方に言葉や書面などではっきり伝えることです。
黙示とは暗黙のうちに意思や考えを表すことです。
例)自身が所有する土地の近くにビルが建設されるという噂を聞いたA太は、土地が値下がりすると思い(動機)、土地をB男に売却しました。しかしビルが建設されるという情報は誤りだったというような場合です。
明示と黙示に関する判例
判例(東京高裁 H10.9.28)
歴史的背景を持つ高額な絵を購入したところ、それが偽物であった場合、本物だから購入したと明示していなくても、黙示に表示があったとして錯誤取消しが認められています。
判例(東京高裁 H17.8.10)
連帯保証人として、連帯保証契約をしたところ、4ヶ月という短期間で主債務者(法人)が倒産に至った場合について、およそ融資の時点で破綻状態にある債務者の為に保証人になろうとする者は存在しないというべきであるから、保証契約の時点で主債務者がこのような意味での破綻状態にないことは、保証しようとする者の動機として、一般に、黙示的に表示されているものと解するのが相当として 動機は黙示的に表示されているとした判例です。
3, 効 果
表示の錯誤の取消しは、次の2つの要件を満たす場合にのみ認められます。
1)錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものであること
2)表意者に重大な過失がないこと(95 条3項本文)表意者に重大な過失がある場合は、取り消せません。ただし、次の場合は、表意者に重大な過失があっても取り消すことができます。
(1)相手方が表意者の錯誤を知っていたか、または重大な過失があったとき
(2)相手方が表意者と同じ錯誤に陥っていたとき
表意者も相手方も、どちらも同じ勘違いをしていた場合、表意者に重大な過失があったとしても、表意者は錯誤取り消しができます。
5, 動機の錯誤取り消し
動機の錯誤の取消しは、表示の錯誤を取り消すための要件1)、2)に加えて、次の要件を満たす場合に認められます。
3)表意者の認識していた事情が法律行為の基礎(※契約)であることが表示されていたこと(95 条2項)=動機(土地が値下がりしそうだ)が相手方に表示(相手にも損をさせる可能性がある)されていたこと。※2の(2)を参照
錯誤による取消しは、善意・無過失の第三者には対抗できません(95 条4項)
問題)表意者A太が勘違いをして、本来売るつもりではなかった東京の不動産を相手方B男に売却してしまった。相手方B男はすでに、第三者C郎に不動産を転売していた、このような場合はどうでしょうか。
回答)第三者C郎が、「A太が勘違いをしていること」について、善意無過失の場合、第三者C郎が保護され、表意者A太は第三者C郎に錯誤による取消しを主張できません。つまりA太はC郎に対抗でません。
一方、 第三者C郎が、「A太が勘違いをしていること」について、悪意もしくは有過失の場合、表意者A太が保護され、表意者A太は第三者C郎に錯誤による取消しを主張できます。つまりA太はC郎に対抗できます(A太が東京の不動産の所有権を主張できます)。
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